こんにちは!よっしーです。
今日は「自分の中にあるものをうけとめてみる」についてです。
皆さん、毎日いろいろなことを経験すると思います。
いいこと、わるいこと、いつもとかわらないこと。
そんな中で人はいろいろな考え方を形成していくと思います。
自分の中にあるものをうけとめてみる。ということについてですが、そんな日々の中で考えることを世間と一旦区切って受け止めるということです。
世の中にはたくさんの人たちがいます。
そして、人はその世の中に往々にして左右されます。
それが、常識というやつですね。
結論から言います。僕はこの常識は壊すべきだと思います。
なぜかというと、まったくの統一性と公正性がないからです。
僕の考える常識とは、ルール化されていないものという認識です。
例えば、野球やサッカー、将棋や、会社などには明確なルールがあり、国には法律があります。これは守らなくてはいけないし、犯せば罰せられます。
しかし、常識と法律を混同している方が多いと僕は思います。
常識は価値観と似ている部分があり、間違えなく言えることは、人によって違うということです。
生きることについては、ルールはありません。生まれた瞬間から、人は自由うという名の競技に出場するのです。
僕は、行き過ぎた常識と価値観はいずれ己を滅ぼすと思います。
人は正しいと思うことを人に求めます。
しかし、とくに現代、そして、このインターネットというものが世界とつながり、常識や価値観がすべて変化していると思います。
もう正しい正しくないという判断は極めてできなくなっていくと僕は思います。
その常識と価値観の大変革が起きることで、こんなことが変わると思います。
・日常の過ごし方
・仕事に対しての考え方
・人との接し方
・ライフスタイル
等々
僕たちの世代はインターネットがあることが当たり前の時代となり、その垣根はどんどん広がっています。
家族間、恋人間、同僚間でもいろいろな価値観のせめぎ合いが行われ、多種多様な思考が広がっていきます。
その代わり、大人数でなにかに従うということや、団体活動がへっていく一方で、同じ価値をもつ人同士の付き合いの深さは今までをしのぐ濃さを見せると思います。
当然僕にも価値観や常識はあります。
しかし、そこにこだわっていては、この先の時代をいきていくには、厳しいのかなと思います。
自分が予想をしてない考え方、価値観、あり得ないと思う常識を押し付けてくる方など様々ですが、まずは、人は人という考えを持ちましょう。
自分が正しい、相手が正しいということではないのです。
そして、一旦、そういう考えもあるのかと逆に参考にしてみましょう。
そこから、自分がそれを得るか得ないかは決めればいいと思います。
テーマに戻りますが、人は自分で考えたことを自分で否定してしまうことがあると思います。それはあきらかに世間の常識、人の価値観に左右されています。
先ほど、お話したようにそんな世間の考えから一旦距離をおき、
まず、自分が考えたこと、思ったことを受け止めましょう。
こんな自分情けない。このままじゃだめだ。
などなど自己嫌悪に陥るときもあると思います。
しかし、そのダメな自分を受け入れるのです。
1回そういう考えもありだよねって言ってあげてください。
自己嫌悪に陥るとなんでもかんでも拒否してしまいます。
人は、変われますが、簡単に変われません。
ですが、まずは、そういった、自分に芽生えた気持ちや考えを肯定してあげなければ、なにも変わらないと思います。
変わるためにできることは、そんなことだと思います。
実際僕自身もいろいろな自己否定や不安に駆られることもまだまだ多いです。
そんなとき、まずは、いいときだけじゃなくてダメな自分から目をそらさず、そんな自分もいるのかって、気遣ってあげてください。
そんなことだけで救われるときもあるのです。
そして、受け入れることで、より深く自分を知ることができると思います。
今日は、「自分の中にあるものをうけとめてみる。」についてでした。
では!