【リライト】なにをどうすればいいかわかるとき

こんにちは!よっしーです。
今日は「なにをどうすればいいかわかるとき」についてです。

■根拠はないです

今日のテーマは、科学的な根拠も、明確な理由もないお話なので、どうぞご了承の上、お聞きください。

皆さん、日々の判断の連続の中で過ごされていると思います。
以前の記事でも記載しましたが、人間は1日に9,000回も判断を行うそうです。
その9,000回の中でなにをどうすればいいかが、すぐに判断できることは何かいくらいあるでしょうか。

おそらく、小さなことでも大きなことでも、自分の過去の記憶、経験、他者のアドバイスや情報を頼りに判断を行うと思います。

■どういう意味か?

今回のなにをどうすればいいかわかるときというテーマは、日常の判断ということは少し違い、自分の使命感だったり、見たこともない力だったり、考えなく行動してしまったときのことを指します。

つまり、自分で判断したり、意識せずに体がうごき、信じられないパワーを発揮するときがあるというお話です。

日本で言えば、火事場のバカ力という言葉が近いと思います。
皆さんはこのようなパワーを体験したことはありますか?

僕は今まで2回あります。

どうして2回かというと、自分がこんなことできるって信じられなかった。なんとなく、自分が自分でない感覚になる瞬間です。

■どういう状態か?

あえて思い出すとこのような状態かなと思います。
・力をいれていないのに勝手に動く
・疲れを感じなくなる
・目的以外考えなくなる
です。

その2つを紹介します。
1つ目は8年ほど前のことです。当時、仲間たちと街を盛り上げるイベントを企画し、数千人のお客様を受付しているときのことです。その時はまだイベントのノウハウもなく、アナログな作業携帯でトラブル続きでした。しかし、その時です。

自分の中ではもう無理だという状況に陥りました。現場は混乱し、手が付けられない状態。僕自身は重要な業務を行っていたので、ミスができない。そんな状況でした。

そしてただただがむしゃらにその作業をしているとき、なんだか不思議な感覚に襲われました。自分が生きていることも忘れ、自分がなにをしているのかも考えず、とにかくその工程を今までに感じたことのないパワーでこなし、気づいたときにはやり終えていました。

2つ目は、このブログを始めることになったうつ病の経験です。
僕はうつ病時はもう人生は終わって、自分は人間以下の存在だと感じ続けていました。当然死も覚悟し、そして、生きる力をなくしていたのです。

毎日毎日、病室のベットで外を眺める毎日。絶望という言葉が当てはまると思います。
この時になにをどうすればいいかわかるときは、徐々にやってきました。

僕は、不安と悩みにさいなまれ、完全に自分を見失っていたのですが、少しずつですが、自分のことを俯瞰して見れるようになってきました。自分を後ろから見ている感覚です。

今でも不思議ですが、すごく冷静に、自分をみて、なんだかなんでもできるようなそんな感覚になりました。

■どうすればなれるのか?

この2つの項目に共通することは、ピンチだったということです。
1つ目は自分がやらないとすべて終わる
2つ目は死を覚悟した瞬間
おそらくですが、これは自分でやろうと思ってできることではないのでしょう。

安易な発言ですが、おりてくるといった感じでしょうか。
まさに火事場という冷静な判断ができない状況において、自分の体が勝手にうごくという状態だと思います。

■効果

実際のその効果についてですが、1個目も2個目も違いました。
1個目は自分が考えようとしてるわけではないのに、勝手に体がうごき、まるでロボットのような状態。
2個目は自分がどう生きるべきか、使命がはっきりとみえた瞬間です。

1個目はありえないスピードで文字を書き、計算し、数千人のお客様の対応をすることができました。今やれと言われても絶対できません。

2個目は、毎日の習慣が生まれ変わったように変わったことです。
過去   →   現在
朝起きれない   6時に起きる
運動しない    毎日筋トレ
継続できない   ブログを毎日かく
金使いが荒い   出納帳をつける
ゲーム、テレビ  読書
のんべえ     断酒

今変わったと思うことだけでもこれだけあります。
毎日の生き方が変わりました。

■不思議な力

おそらく自分でも根拠が説明できないし、検索しても明確な理由はでてこないでしょう。
不思議な力をいうべきだと思います。

でもピンチの状態というのは、人類の本質なのかなと思います。
ピンチというのは命の危機です。

危機に立たされた動物は、本能を発揮し、自分が感じたことのない力を発揮すると思います。

以前の記事でも説明したことだと思います。

■自分でだそうと思ってできることではない

結論、今それをまたやれと言われてもできないです。
ピンチは行動ではなく結果だからです。

神は乗り越えられない試練を与えないといわれていますが、正直乗り越えられない人もいると思いますが、乗り越える力は与えてくれるのかなと思います。
そしてその力をどう使うかは自分次第です。

ピンチという結果に対して、どういう行動をするかは自分で選ぶことができます。そしてそのどうしようもないピンチに立ち向かうときには不思議な力が与えられます。
っと僕は信じています。

もうあのようなピンチにはなりたくないのが本音ですが、今後はどんなピンチになろうとも、自分にできることは本当にないのかを、考え、行動することが重要なのだと思います。

今日は「なにをどうすればいいかわかるとき」についてでした。
では!

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