人をジャッジしてはいけない

こんにちは!よっしー2.0です。
今日は「人をジャッジしてはいけない」についてです。

■今回の引用書籍

【書籍レビュー】覚悟の磨き方(吉田松陰)

2019年6月15日

■支配関係

ジャッジといえば、スポーツなどの審判ですよね。
スポーツ以外でも僕たちの日常生活や、人間関係の中でジャッジは日々行われています。

例えば・・・

よっしー2.0
・あの人なんか生理的に無理
・もうこの人とはお別れしよう
・この人とはもうしゃべらない

などですね。

僕なんかも、初めて会う方などにもそういった偏見をもってしまうことはあります。しかし、往々にして、そういった印象をもっても確実にそのような人であるということは確率は低いと思います。

人は6秒で第一印象を決めるといわれています。
ただ、6秒でわかることは、身なり、表情、声質、しぐさくらいですよね?

それでは、自分がいいかわるいかまでは決めることはできないと思います。

こういうイメージだなと思うのはいいと思うのですが、断罪的に人をジャッジしてしまうことはよくないと感じます。

■上司や親子

特にこの2つの関係において、ジャッジは多くみられると思います。
上司であれば、部下のミスや失態に付け込み、操作します。

親子であれば親の価値観や経験によって、子供の可能性をジャッジし、それはいい、それは悪いと決めてしまうことです。

両者ともにジャッジをすることで、ジャッジされた側は、感覚的に支配された気分になります。間違いなくその関係性は公平ではなく、より良い関係とは言えないと思います。

■誰も人の心を手にいれられない

これは僕が入院時に強く感じたことです。
例えば結婚したり、子供を産んだり、恋人と付き合ったりすると、その人をまるで手に入れたかのような錯覚に陥ります。

これは僕も身に覚えがあり、自分の娘が生まれたときに、父として子を守らなくてはいけないと思うがあまり、子を操作しようとしていたころがあります。

しかし、人の心というのは、その人自身のものであり、他人が所有することはできません。
組織や、家族でいるとその境界線があいまいになり、関係性がおかしくなることも起きてしまうでしょう。

書籍にて記載があります、人と動物が違う理由。

よっしー2.0
■人には踏みにじってはいけないものがあります。
・親子の愛情
・大切な人を思う気持ち
・夫婦の役割を認め合う心
・年上を尊敬する心
・仲間との信頼関係
です。

松陰がいっているのは思いやりであり、支配やジャッジではないです。
互いの良さ、弱さを認め合い、尊敬する心です。

■現実を受け入れる能力

このフレーズは僕がブログを始めてから言い続けています。
ジャッジは、少なからず、こういう人だろうとか、少しの自分の思い違いで、思考バイアスがかかってしまい、現実をゆがめます。

人をありのままにうけとめ、その人であることを大事にする。
それが僕の考える現実です。

現実さえ誤認しなければ、ジャッジすることも、人と対抗するようなこともなくなりますし、心に平穏が戻ります。

■こだわるという行為

書籍にも聖人という言葉がでており、聖人はこだわらないと書かれています。
上記にて紹介した現実をそのまま受け入れるので、未来の不安や悩みにとらわれず、こだわらないのです。

そのような聖人になるのは、とても難しいとは思いますが、思考のあり方を見つめなおし、とにかく現実を見ることが大事なのだと感じます。

■自分において重要なこと

それは大きな心をもつことだと松陰が書いています。
器というべきでしょうか。

僕はうつ病になる前は自分という器のなかだけで回りをジャッジしていました。
大きな心さえもてば、ジャッジしてしまうような狭い心にならないですし、心地よく生きることができると思います。

■結局は己をジャッジしてしまうことになる

ジャッジが行きすぎ、人を批判や、自分の物差しだけで決めるようなことをしていると、いづれは己に返ってくると思います。

行き過ぎた価値観は、人を傷つけ、そして、過剰になると自分にまでその刃は向けられることになります。

冒頭に紹介した上司や親子にある通り、人に求めるだけもとめて自分はやらない人もいるでしょうが、人に求めていれば、いずれ自分もやらなくてはいけない状態になります。

〇〇であるべき
〇〇が常識
といったことは人それぞれ生き方が考え方でちがい、なにが正しくなにが間違いというものは存在しません。

法律はあるにしても、世界という舞台で人生という試合にはジャッジする人は存在してはいけないのです。

特に日本においては人権のあり方が非常に重要視されていますが、時代の変化とともにその中身も複雑化しています。

その中で自分の知らない価値や、生き方をしったときにその人に対しての付き合い方が大きな心か、小さな心かわかることでしょう。

自分がどう生きようと、人がどう生きようと、それを批判することは決していけないと僕は思います。

今日は「人をジャッジしてはいけない」についてでした。
では!

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