愛するから愛されるわけではない【要求することはできない】

こんにちは!よっしー2.0です。
今日は「 愛するから愛されるわけではない【要求することはできない】 」についてです。

今日は珍しく恋愛ネタです笑

実体験を通じて、愛について今日は考えていこうと思います。

今回の参考書籍はこちら

愛は交換条件ではない

恋愛というのは「お互いが好き」というのが条件になると思います。普通最初はお互い熱量をもって好きになりますよね。会うだけで幸せだし、相手のためになにかをしてあげたいそんな気持ちになると思います。

誰もがそうだと思いますが、別れを経験したことがあると思います。初めはお互いが好きで付き合ったのに、なにかしらの影響で別れてしまう、こうなるなら好きにならなければよかったとかいろんな感情が湧き出てきます。

このテーマでは、自分が好きだからと言って、相手が好きになるわけではないというのが本質です。

つまり、愛は交換条件にはできないということです。

以前の僕はここをはき違えていたので、僕の考えを聞いていただければと思います。

愛は変化していくもの

付き合いはじめはだれもが幸せです。それは下記の理由からです。

付き合いはじめ
・良いところしか見えていない
・まだ知らないことがたくさんある
・宝くじを当てる気分と似ている

恋をすると幸せですよね。僕も人生において恋をしてきて幸せを感じてきました。

しかし、残酷なことに愛は時間とともに変化していきます。無常だなと感じます。付き合ったことはあぁだったのに、料理をつくってくれたのに、やさしくしてくれたのに、とかいろいろ環境も変わっていくと変化していきます。

与えることはできるが、要求はできない

ここからが重要です。燃えるような恋愛をしたカップルほど、試練がくるのも早いものです。自然の摂理が、本質なのか、それはわかりませんが、愛のカタチが大きくずれ始めます。

僕自身もそうでしたが、愛を求め始めてしまうのです。それは、言い換えると下記のようなことになります。

愛の要求
・相手にしてあげたい→なんでしてくれないの
・好き→なんで優しくしてくれないの
・ほめる→強制する

初めは分け合い、与えるべき存在だったのに、いつしか求める存在へと変わってしまいました。

勇気がなくなると要求し、本質が変わる

この求め始めるという行為は参考書籍のアドラー博士曰く勇気の欠乏ということです。人は勇気を無くすと人に依存したり、自分で行動を起こさなくなります。

本来、愛はお互いで分かち合うもので、相手のために尽くすことが目的なのに、勇気をなくすことで、自分のためにつくさせようと強制してしまいます。

これはもう愛ではなく、ただの欲ということになってしまいます。

愛は分かち合うもの

アドラー博士の著書には、「結婚は2人で一緒に人生を生きていくことであり、互いを援助し、人生を豊かにすること」と説いています。

つまり、自分のために求めるという行為をし始めた時点で、関係性は崩れ去り、愛としては成立しないということになります。

答えがないからこそ2人で育む

とはいえ、愛には答えがないと思います。僕自身も離婚を経験して、日々当時のことを振り返っては考えています。

当然、学生時代に結婚とはいう授業があったわけではないし、自分たちの親を見ることで、人は結婚するということを学んでいくわけです。

だからこそ、結婚するとはどういうことなのかは、夫婦が一緒に協力して答えを出すことなのだなと思いました。ただ、離婚という答えが正しくないかというとそれも違うと今は思います。

離婚した当時はとにかく自分を責め、うつ病の原因にもなりましたが、離婚するということが2人の答えであり、長年の生活の答えだったのかなと今では受け入れています。

本当の愛は結ばれてから始まる

ドラマみたいなことを書いていますが、離婚した今でも僕は恋愛ドラマが大好きです。やはり、世界には男と女という性別が分かれて生まれ、そして、つながることでまた新しい命をつないでいくということが、神秘だといつも思うのです。

もちろん、結ばれるまでもドラマだけど、結ばれてからのほうがもっとドラマだと思うのです。恋から愛へ変わるといろんな試練があります。それを2人でどうやって乗り越えていくかが、本当の愛でドラマなのだと自分の人生も経て感じるようになりました。

愛も仕事も与える、分かち合い

そして、仕事をしていると愛と似ているなと思うことがあります。

愛と仕事
・人に分け与えること
・できることをやる
・奪えば破滅する

これは仕事も愛も共通している事項だと思います。

分かち合いの精神と意識をもつことで、仕事も愛も勇気を欠乏させずに挑戦することができるのかなと最近はすごく感じます。

奪おうとすれば破滅する

結論、人から奪えば、不幸になるということです。

以前の記事で暗黙の契約という言葉をつかいました。私が好きだからあなたはこうするといったような、口頭確認すらなしの契約です。

それは与えることではなく、相手の行動を奪う行為です。

奪い始めれば相手を憎みます。

分けようとすれば、相手は喜びます。

仕事も愛も一緒です。分け合い続けることは難しいと思いますが、僕の勇気をもってその精神を実現できるように邁進していきたいと感じます。


今日は「愛するから愛されるわけではない【要求することはできない】」についてでした。

では!

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